13年前、新座駅の交番前で新座警察の交通安全週間のイベントで歌っている時に通りかかって、
自分の歌に感動して頂いてからのご縁で懇意にさせて頂いていますが、
大東文化大学日本語学科の教授で、今は退職されて名誉教授となっている田中寛先生が、
先日の蕨市立文化ホールのコンサートに来てくれて、久しぶりに再会しました。
自分の歌に感動して頂いてからのご縁で懇意にさせて頂いていますが、
大東文化大学日本語学科の教授で、今は退職されて名誉教授となっている田中寛先生が、
先日の蕨市立文化ホールのコンサートに来てくれて、久しぶりに再会しました。
奥様は北京大学出身の文学が専門の中国人の方で、
自分が2011年、ご縁を頂いて中国南寧市のテレビ局の春節特番に、
ASEAN諸国からの招待歌手が出演する中、
日本人歌手として出演した際に、自分のオリジナル曲の【月】が歌えるように、
歌詞を中国語に翻訳して頂いたことがありました。
自分が2011年、ご縁を頂いて中国南寧市のテレビ局の春節特番に、
ASEAN諸国からの招待歌手が出演する中、
日本人歌手として出演した際に、自分のオリジナル曲の【月】が歌えるように、
歌詞を中国語に翻訳して頂いたことがありました。
奥様は、【月】にとても感動してくれていました。
田中先生は、これまで知っている自分の曲の中では、
【男道】や【涙雨】を気に入ってくれていたのですが、
新しいアルバムのタイトル曲【平和は僕らの心の中に】に新たに大変感動して頂き、
コロナで暫く行けてない客員教授をされている中国の大学の学生たちに、
歌詞を中国語に訳して見せたいと言ってくれていました。
【男道】や【涙雨】を気に入ってくれていたのですが、
新しいアルバムのタイトル曲【平和は僕らの心の中に】に新たに大変感動して頂き、
コロナで暫く行けてない客員教授をされている中国の大学の学生たちに、
歌詞を中国語に訳して見せたいと言ってくれていました。
文学の専門の方に評価して頂けると言うのは、とても光栄なことです。
田中先生のブログの中で紹介して頂いています。
※ブログの中で、出会った時に30代の青年とありますが、その時すでに40代半ばでした。